2012年2月23日木曜日

何をもって憶えられたいかね

「何を持って覚えられたいかね?」

俺が今問われている問です。

2012年2月22日水曜日

facebookで学級通信

昨日facebookで初めて、グループを作ってみました。 


ゆくゆくは教員として自分のクラスの生徒と保護者にグループに入ってもらって、


情報共有するということを狙っています。


電子版学級通信、ビデオ学級通信、さらに欠席時の情報共有、保護者の会の出欠を取るなど、


色々と可能性がありそうです。


あとは、生徒が気になったニュースなどを解説と共にアップするとか。


となると、うちのクラスの教科担当者にもグループに入ってもらわないとダメですね。


面白そうです。


すでに実行されている方をご存知でしたら、お教えください。

2012年2月21日火曜日

なぜ日本は教科書を毎年、全員に提供するのか?

今日、フィンランドの高校でipadの使い方の研修を受けながら、素朴な疑問が浮かんだ。


なぜ、日本では毎年、教科書が全生徒に提供されるのか?



フィンランドでは、当たり前のように教科書は5年くらい繰り返し使う。

教科書準拠の書き込み式の問題集を使っている場合は、そのまま生徒に提供する。


それは本当に必要なことなのか?





ところで、itunes U コンテンツがしっかり整備されたら、最高だね。

日本のコンテンツも頑張らないと。

2012年2月9日木曜日

フィンランドで質問「授業中に寝ることをどう思うか?」


私の経験上、日本の生徒はよく授業中に寝ている。

今まで小、中、高とフィンランドの学校を15校は訪れた。

寝ている生徒をほとんど見ない。この10ヶ月で2人かな。。。

フィンランドではどの学校でも、授業中に寝ることは特別なことらしい。


このことを生徒に質問をした所、本当に疲れているのが理由だという。

その際は教員も許してくれると言っていた。

そもそも、寝るという行為自体が考えられないという生徒もいた。


私は学生時代、寝ることが、先生への自己主張の一つであると思っていた。

そんな訳はない。そんな自己主張誰も認めてくれない。。。



そもそも、人前で寝るということへの、意識の差だろうか。。。

2012年1月26日木曜日

大きな視点での考え方


日本の宗教について紹介してくれと、フィンランドの社会の先生に言われて簡単なプレゼンを作成した。その際に改めて日本の宗教について考えてみた。

とある日本人の宗教についての調査に75%の日本人は「無宗教である」と答えたらしい。一方で別の統計では、神道と仏教に属する人が合計で2億人としている。つまり、日本人は統計上では2つの宗教に属している人が多いが、宗教的な行為は日常の習慣の中に根付いていて、意識としては宗教に属している人は少ない。たしかに、先祖代々やっているから、周りの人がやっているから、それを続けるという方が多いのではないか。洗礼のようなものがあるわけではなく、日常生活を送っていたら多くの人は2つの宗教に属すると数えられているのである。つまり宗教という属性に属しているという意識が極めて低い人が多い。(当然、日々の行動に起こしている方もいらっしゃるが、ここでは一般的な話をしたい。)

日本人という属性だって、生まれた時から日本人で、特に独立を勝ち取ったという意識も薄いし、宗教という属性も薄い。もしかすると、日本の人は大きなものに属するという考え方が薄いのかもしれない。大きなものに属するという考えが薄いとどうなるか。大きな視点から物事を考える力が弱くなり、自分たちの小グループの利益ばかりを考えるようになってしまうと私は考える。

フィンランドのことを考えてみたい。フィンランドの大人たちは非常に自分たちの国の話をしっかりとする。人口も多くないから、みんなで協力しないと国が運営できないことを知っている。(先日の大統領選の投票率は72.7%だ。)そんな大人たちが子供の頃、小さな時から独立記念日のお祝いをしっかりと見させられ、学校でも独立についての話をされる。そして、学校教育の中に宗教の時間があるように、宗教という属性も学ぶ。この教育が大きなものに属するという考え方を養い、自らを見つめ、他者を考えること、国や社会を考えるという精神につながっているのだと私は考える。

一方で、日本の子どもは子供の頃に何に属すると教わるか。それはクラスであり、クラブ活動が主ではないだろうか。非常に小さな規模の組織ではないか。その環境で育った日本人の大人たちが小さなグループ、小さな視点で互いに対立ばかりを続けて、建設的に前に進めていないのではないだろうか。「何かが少しでも違うと他者の批判ばかりするが、自ら行動することはないし、助けることもない。」、「自らの小さなグループの利益を守ることだけを考えて、業界全体、国としての利益など大きな利益を考えない。」などと、どう見ても大きな視点が欠けている大人の行動が目についてしまう。国としての方向を閉めるという事についても同じである。

この日本人の大きな視点で物を見るという力の弱さは、もしかすると小さな頃に大きな属性を教わらない影響なのかもしれないと考えてしまった。別に、愛国心を養えというわけではなくて、日本人ならば当然日本人として誇りを持つように教わるべきだと思う。その日本人という視点を子供たちに大人が伝えられるかによって、次の世代の動かす日本の方向が変わってくる気がしてならない。子どもたちを小さな属性の枠に押し込んでしまわないような教育をしたいものである。