2013年7月30日火曜日

中学校の卒業論文と大学の同窓生の結婚式

今、私が勤めている学校では中学3年生で卒業論文というのを書きます。

テーマは「自分の夢・興味のあることについて」です。

生徒たちは、将来なりたいと思っている仕事や、

現在興味のあること(スポーツや趣味など)について原稿用紙50枚にまとめます。

その中では、本やインターネットから情報を収集するのではなく、

実際に現場に足を運んだり、人にインタビューしたりして取材することを課しています。

この夏休みは、雑誌の編集部や、自動車工場、知り合いの医師、保護者の職場など、

生徒たちは色々な場所に取材に行っています。

私は担任なので、どんなところに行くのかという相談に乗って、

情報を一緒に調べたりしています。

生徒たちの興味は素晴らしくて、行ってみたいところが幾つか出てきて、

どうやって行くのかを一緒に考えます。

この時間の楽しさ。これはこの立場でしか味わえないのではないでしょうか。



そんな事をしてる最中、大学の同級生の結婚式の2次会に呼ばれました。

そこには大学の同窓生が多くいるわけです。

私は、久しぶりの友人たちに、今何やってるの?と聞いて回りました。

業界は違えど、一般企業に就職している人が圧倒的に多いです。

生徒たちが調べている業界で働いている人は、ごく少数でした。


きっと、同窓生たちも多くの夢を持っていたのでしょう。

それを諦めたのかどうかはわかりませんが、生活のために夢とは違う職につくわけです。

そして、家族なんて持とうものならば、その職でなんとか頑張っていくわけです。

みんな、それぞれにそれを幸せと考えて、日々を過ごしているわけです。



これがこの社会で起こっている現実なのでしょう。

この現実をもっと早くに子どもたちに分からせたほうがいいのか、

大人たちにもっとやりたい夢を追わせたほうがいいのか、

何が正しいのかは分かりません。

でも、まず私自身は自分の本当にやりたい事で輝いていたいなと改めて感じました。

働くことが楽しく、それでイキイキとしていたいなと思っています。

この価値観を人に押し付けるのは違うのかもしれません。

でも、これから社会に出て行く子どもたちには、こんな価値観もあるぞと

声を大にして伝えて行きたいと思います。

選ぶのは彼らですが、教育するのは私達です。


2013年7月28日日曜日

フィンランドと日本の夏休みの過ごし方

夏休み、みなさんはいかが過ごしているでしょうか。

フィンランドの何もない夏休みに比べて日本の夏休みに忙しさに戸惑っています。


日本の子どもたちの夏休みといえば、、、

私立学校では夏期講習、毎日のようにある部活動、たくさんの夏休みの宿題。。。

保護者は仕事でいないので、うちで一人で過ごす夏休み。

本当に忙しいと思います。



その反面フィンランドの子どもたちの夏休みは、ほぼ自由でした。

家族がサマーコテージで過ごすから、それに数週間ついていくというもの。

友達と遊び歩くもの。スポーツのトレーニングをするもの。

夏休みの宿題もなく、夏期講習もなく、塾もない夏休み。

日本の子どもたちからしたら天国でしょう。



こんな子どもたちが、PISAで学力比較をされてしまう。

そして、学力比較するとそんなに変わらない結果が出る。

何が人にとって幸せなんだろうと考えてしまします。

国際競争力、GDPなどと比較をされてします。

全く違う価値観で生活している人たちが経済の指標により比較される。

そして、その上ではそんなに大差はつかない。

もちろん発展途上の国々では、経済指標でも、実際の生活でも大きく違いが現れますが、

発展してしまった国では、自分の時間を削って頑張ってもあまり変わらないというのが

私の感じていることです。

フィンランドが日本よりもPISAで上位にいましたしね。


80というある程度までは、頑張った量に比例して成長しますが、

のこりの20を伸ばすためにはそれ以上の努力を重ねなくてはならないというのは、

勉強でもよく起こります。

40点を80点にするよりも、90点を100点にするほうが大変ですよね。


これは今の日本に起こっていることでも同じで、

80まで頑張って生命の危機が少ない生活を獲得していますが、

あとの20はとても改善が難しく、時間対効果が合わない努力を

重ねてしまうだけのように感じます。

しかし、今の日本はその20を伸ばしていこうと、まだ必死にやって、

自殺者や人間関係の希薄化、伝統文化の消失など様々な問題を抱えています。

今後も残りの20を伸ばして100を目指していくのか、

それではなく20を目指すことにより忘れてしまわれている

フィンランド人のような幸福を求めるのか、

自分で価値観を選択することが求められている気がします。

2013年7月16日火曜日

iPadを学校現場で使うことへの可能性

1ヶ月間、iPadを10台学校で借りて、授業、課外活動で使用した。

数ヶ月間、色々な人の助けを借りて働きかけてきた結果である。



私が使い方の企画書に書いたのは、以下の4つである。

①修学旅行の保護者向け説明会でのプレゼンテーション

②修学旅行中の記録

③授業での活用

④部活動での活用



iPadについては、すでに数多くの学校で活用事例が上がっている。

これからの教育に無くてはならないものだと個人的には確信している。

だからこそ、この試用期間はとても貴重だった。



まず①プレゼンテーションについて、

生徒たちにはkeynoteを使って、プレゼンテーションをする課題を出した。

インターネットから情報を調べ、画像を参照し、それを発表にまとめる。

今までiPadを使ったことのない生徒には、

クラスに数人いる家で使ったことのある生徒が教えてあげていた。

少し教わると、初めての生徒も自身を持って使えるようになった。

調べることから、発表することへが凄くスムーズに流れた気がした。


②修学旅行中は、生徒が写真と画像をとった。

北海道での第1次産業体験。その様子を写真や動画で記録し、imovieで編集した。

これは修学旅行の振り返り、そして保護者への報告の素晴らしい映像となった。

imovieの使い方も少しレクチャーをすると、あとは勝手に使いこなしていた。

こんなすごいものが自分で作れるんだと、自信がついたに違いない。


③授業での活用は、班での調べ学習に活用した。

4人組で一つのiPadの画面を覗き込みながら、コミュニケーションをとる様子から、

個人活動だけではなく、コミュニケーションが苦手な生徒を

助けるツールとなることも感じた。

本は大切な調べ学習のツールであるが、

iPadも本と同じ、一つのツールであると確信出来た。


④部活動での活用は、動画をスローで再生して、手書きできる

coach's eyeというアプリを活用した。

一番驚いたのは、私が全く予期しなかった年配の先生が

これにハマって活用してくださったことだった。

ゴルフのフォームチェックで今まで伝えれなかったことを伝えられたようだ。


世の中には、色々な考えの人がいる。

今までそれが無くでも出来ていたのだから、使う必要がないという人もいる。

私は、便利な道具はどんどんと使えばいいと思う。

便利な道具を使って、今までのことが簡単に、より深く出来るのならば、

それを使わない手はない。

もちろん、リスクを考えて、使うことに二の足を踏むことも理解できる。

でも、私たちは常に勉強、成長して行かなければならない。

この道具を使うことで、新しい可能性が開けるのならば、やってみるべきである。